

ここ(事務所)に置くというのは業務用なんですね。だから理由はただひとつで、再現力、特にフェイストーン、顔の色です。実際に量販店へ出かけていろいろと見比べたなかで、再現されている見た目で決めました。ブランドやスペックを比較したわけではなく、オンエアやDVD、昔のビデオなど、いろいろなケースに対応できる再現力をもっていたんですね。
僕はわりとよくテレビを見る方で、自分自身も時々テレビには出演させていただいていますが、マルチメディアを統括して今一番わかりやすいのは、やはりテレビだと思います。映像と音による複合的な現実感や非現実感まで、森羅万象、万華鏡のようにさまざまな世界を描いてくれる、日常生活における基本的なツールです。だからこそ、ただ美しければいい、非現実的なまでに鮮やかであればいいというのではないと思うんです。フィルム撮影でのマザーテープを見るような再現力はまだ難しいでしょうが、限りなくそれに近い、つくり手の意思が伝わる再現力が今後ますます問われていくのではないでしょうか。〈レグザ〉RF350の映像は細密でいいと思います。なかなかの再現力ですね。色彩の再現が豊かです。 また、デザインで言うと、フレームによって見ている画面が規制されるようなものは好みません。極論を言えば、スクリーンのように画面だけがあればいい。その点〈レグザ〉はシンプルですし、フレームが細くて重圧感のないところはとてもいいと思います。
もちろん、映画のファーストランは、映画館で観るべきです。そのためにつくっていますから。映像も音もスクリーン、暗闇の中の大画面で観ていただくのがベストだと思います。そして、それが二次利用としてDVDになったり、テレビで放映されたりすることに関して、僕はそれほど抵抗はありません。シチュエーションもさまざまで、家の中で観ているとか、非常にリラックスしながら観ているとか、いろいろな観られ方があってもいいのではないでしょうか。
僕は、アナログに非常にこだわっています。無段階に再現できるフィルムのほうが情報量が多い分、デジタルよりも微妙な色合いや色の深みなどが表現できます。僕はコマーシャルをやっていた時期もありますので、わりと早くからデジタルをツールとして使っているのですが、それでも断然アナログ派です。フィルムは乳剤を塗ってありますのでどんなに精密な工場で管理をしても、その日の天候やさまざまな気象条件で発色状態に多少のバラツキがでる。それがまたいいんですね。その微妙なバランスが映画をどこか支えてきている。なにもかもが同じレベルになってしまうと面白みがなくなってしまいます。それが表現であり、再現力があればあるほど、独自の世界観というものを形成し、よりつくり手の意思を込めることが可能になると思います。
僕がつくるほとんどの映画は、非常に人間臭い人間を描いているということですかね。僕の映画で優等生が主人公であったことは一度もありません。
年を重ねると、社会との交わり方は上手くなる。でも、それは人生においてそれほど面白いことではなく、せめて自分の映画の中では社会と交わるのが下手でギリギリのところで右往左往する人たち、ギリギリのところで幸福であったり、不幸であったりという人たちを描くのが僕にとっての人間臭さであり、こだわりになるんだろうと思います。映画を考えていく上では、誰もが自由で、ありもしない世界を描いてもかまわない。やや分裂気味のところがあっていいと思うんですね。そこが映画づくりの骨であり、つくり手の意思表現です。〈レグザ〉の再現力の高さは、その意思を伝える可能性に最も近いテレビということになりますね。