東芝のビジネス

エネルギー事業 TJB発電所建設プロジェクト : インドネシアの電力危機を救う巨大プロジェクト Vol.2

※このコンテンツは2013年取材時の情報に基づいて制作しています。

多くの、そして多国籍の関係者が関わる巨大プロジェクト。そのプロジェクトを牽引する営業とエンジニアリングマネジャーの二人には、ただ設備を納めるだけではなく、その国の未来に想いを馳せた使命感が宿っていた—。

営業、杉崎健が語るプロジェクトのコア

杉崎健
火力・水力事業部 海外営業第一部
2006年入社

杉崎が前任者からタンジュン・ジャティBの案件を引き継いだのは、2009年4月のことだった。東芝へ転職して4年目、前職で通信系プラント建設に携わっていたとはいえ、火力の世界での経験は浅い。しかも、受注直後、華々しくプロジェクトがスタートするはずのところ、現地の状況により、土木工事開始が3ヶ月半遅れることが確定したばかりであった。
「最初の仕事が、工期遅れによって生じる追加金額の交渉でした」と杉崎。
未発注の部材、発注済みだが実作業が発生していない部材、実作業が発生しているが仕掛かりの状態で止められるもの、すべてロジカルに種分けし、顧客が納得する形に仕上げなければならない。
「技術部門が積み上げた数字を持って、お客さまを訪問し、金額交渉に臨むのですが、担当の方も百戦錬磨で、そう簡単には首をタテに振ってくれません。しかし、自分の肩にはオール東芝の期待がかかっている。私としても、『はい、そうですか』と引き下がるわけにはいきません」
回を重ね、詳細に説明し、東芝としては合理的に発生する費用のみを請求していることを理解していただき、無事交渉は終了する。

しかし、プロジェクトは、次々と現れるトラブルとの闘いである。冷却のために発電所内に海水を引き込む配管の地盤が想定外に沈下し、/配管までも沈下、海水取水口に集まるクラゲ対策のための装置がナマコによって詰まる、発電機への密封油供給系統配管からの異物により発電機の心臓部であるローターが傷つくなど、こうしたトラブルもこれまでに培ってきた経験と技術力と判断力により、技術陣の手によって解決されていく。が、そこには人手と資材が必要となる。
「ここでも営業の出番です。技術者の汗と涙をお金に替える、仮にお金に替えることができなくとも、やったという事実をお金以外の条件として認めてもらう。それが私の営業としての使命」
プロジェクト受注後も杉崎は忙しい。工事が進むに連れ問題が起きる度に、契約条件の確認、追加費用の処理、顧客との交渉、東京側で処理できることは速やかに処理していく。そうして後方の憂いをなくしてはじめて、現場の技術者たちは現場に集中できるのである。技術者の一人ひとりの顔を思い浮かべながら、杉崎は奔走を続けた。

エンジニアリングマネジャー、河本が語るプロジェクトのコア

河本圭司
火力・水力事業部 火力プロジェクト部
1992年入社

「環境、あるいはコンプライアンスが取りざたされる今日、排水処理設備は、決して疎かにすることのできない設備。このプロジェクトでも最も力をいれた部分でした」と河本。
今回、東芝はタービン・アイランドのみならず、水処理設備一式を合わせて受注した。水処理設備建設にあたっては、環境に直接関わる設備ということで、インドネシア現地の環境法についての詳細な情報が必要となる。日本国内で情報収集を行うが手応えが得られず、エンジニアリングマネジャーである河本自らインドネシア現地に出かけ、協力者を探すことになる。幸い、近隣の大学で環境法を教える教授と知り合うことができた。授業の合間を見つけ、時にクラスで学生に混じって講義を受けながら、発電所建設の意義、環境対応にも意を尽くするつもりであることなどを、誠意を持って伝え、その教授をパートナーとして迎えることができた。
「さらにEPC案件ということで、外部からの購入品も東芝が責任を持って取りまとめる必要があります。水処理系の配管については、プロジェクトの進行に支障を来さないようクオリティ、納期などについて細かく指導、管理を行うために、シンガポールのベンダーに技術者を何ヶ月も貼り付けました」

水処理設備で使用する樹脂管についても技術、ノウハウを習得するために、樹脂管メーカーに社内のエンジニアを派遣するなど、外部リソースの活用にも十二分に気を配った。
「EPCビジネスも今回のように大規模になると、従来のように東芝社内で仕事が完結するわけでなく、必然的にパートナーさんの力を活用しなければなりません。エンジニアリングマネジャーである私も含めて、プロジェクトメンバーの一人ひとりが社外に出かけて、積極的に働きかけ、プロジェクトを補完するリソースを獲得しなければなりません。タンジュン・ジャティプロジェクトを実行することで、メンバーの意識が大きく変わり、社外にも目が向きはじめました」
なるほど、仕事によって人は磨かれる。河本は、そう実感した。

大きな喜びと重い責任、だからこそやり甲斐も

営業、杉崎の
プロジェクトへの思い

「インドネシア担当となる前は、インドを担当していました。インドネシアは需給逼迫程度ですが、インドは電力が完全に不足しています。着陸体勢に入った飛行機から、停電で真っ暗になったエリアが見えることも珍しくありません」と杉崎。
発電所をつくって電気が行き渡り、その地域の住民の方々が文化的な生活を享受するためのお手伝いができる。そうした仕事は魅力的であるし、社会的な貢献度も大きなものがある。と同時に、責任も重いと杉崎は語る。
「火力発電所の社会への貢献度の大きさを知れば知るほど、大変な事業を担っているというプレッシャーも感じますが、今後も火力発電所ビジネスに関わっていきたいと考えています。今後はメンテナンスビジネスも含めて、火力発電所のライフサイクルすべてをサポートする体制を構築して、インドネシア単独で自活できるような拠点を現地につくりたいと考えています」
学生時代にインドネシアで火力発電所を見て、ぜひとも、スケールの大きなものをつくる仕事に関わってみたい、と感じた。杉崎が転職をしてまで東芝に来た理由も、その夢を実現したかったからだ。

エンジニアリングマネジャー、河本の
プロジェクトへの思い

3号機、4号機とも前倒しで建設完了、稼働を開始し、顧客、プロジェクトオーナー、インドネシア政府から大きな賞賛を得た。そして、東芝としても、採算面でそれまでにない成功を収めることができたのである。
「このタンジュン・ジャティB拡張建設の成功を、誰よりも社内の若い社員に伝えたいと思っています。入社以来、先輩たちが陰に日向に自分を導いてくれたように、自分も後輩たちのための導きとなりたい。それが半ば、東芝の伝統のようなものですから」と河本。
そして、海外のネイティブパートナーとの付き合いを通して、実体験として自分たちとは異なる文化・歴史を感じることができたのは、個人的にも大きな収穫であったという。
「人間の強い思いがあれば、その思いは文化や歴史、立場といった違いを超えて確実に伝わるということを知りました。そして、ものごとを進める原動力になるのは、その人間の強い思いだということを学びました」
エンジニアとして入社し、キャリアを築いてきた河本。現在は、東芝の技術と人材、その総力を結集して取り組むようなメガプロジェクトを率いることを目指している。