ニュースリリース

世界初の超伝導技術を用いた重粒子線がん治療用の回転ガントリーが完成

小型・軽量化に成功し、普及を目指す
2016年01月08日


国立研究開発法人 放射線医学総合研究所
株式会社東芝 

 国立研究開発法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下「放医研」)と株式会社東芝(代表執行役社長:室町正志、以下「東芝」)は、腫瘍に対して360度の任意の角度から重粒子線注1照射を可能とする、世界で初めて超伝導電磁石を採用した、軽量・小型の回転ガントリー注2を完成させ、放医研 新治療研究棟注3に設置しました。

 重粒子線治療装置の一部である加速器や回転ガントリーは、大きな常伝導磁石を用いて高磁場を発生させて炭素イオンの粒子線を輸送・制御するため、装置が非常に大型となるのが課題でした。そこで超伝導磁石を採用することで、従来の回転ガントリー(ドイツの重粒子線回転ガントリーは全長25m)と比べ、大幅な小型化・軽量化を実現しました。超伝導電磁石を円筒形の回転体に搭載した本ガントリーは、直径11m、長さ13mです(図1)。

 本ガントリーは回転体を回すことでどの角度からでも重粒子線をピンポイントに照射できるので、従来のように治療台を傾ける必要がありません。また、脊髄や神経などの重要器官を避けて細かく角度を調節し、多方向から照射することで、腫瘍への線量をさらに集中することが可能です。治療時の患者の負担を軽減するだけでなく、治療後の障害や副作用の更なる低減が期待でき、より患者にとって優しい治療が実現できます。

 なお、2016年1月9日(土)に重粒子線治療の世界的な普及を目指して、国内外の重粒子線がん治療に携わる医師や研究者が集まって開催される国際シンポジウム「2nd International Symposium on Heavy-Ion Radiotherapy and Advanced Technology(主催:放医研、会場:アキバホール(東京都千代田区))」にて、放医研が本回転ガントリーの開発の他に臨床や基礎研究の成果を報告いたします。

重粒子線回転ガントリーと治療室の写真
図1:放医研に完成した重粒子線回転ガントリーと治療室
(左:治療室、中央:模式図、右:ガントリー)

開発背景

 重粒子線がん治療はX線や陽子線などの放射線の一種である重粒子線を用いた治療法です。X線や陽子線などの放射線治療では、患者に対し360度の任意の角度から放射線を照射できるガントリーが一般的に使われているのに対し、重粒子線回転ガントリーはドイツの施設に非常に大型(全長25m)の装置が1台あるのみです。そのため、重粒子線治療においては、決まった方向からしか照射することができず、脊髄や神経などの重要器官を避ける必要がある場合には、患者を傾けて不自然な体位で治療をするなどの制約がありました。

重粒子線回転ガントリー装置について

 本回転ガントリー用超伝導電磁石の実装における重要な点として、直接冷却方式の小型冷凍技術を応用することで、液体ヘリウムをほとんど使用せずに超伝導コイルを4K(ケルビン)以下まで冷却し、超伝導状態注4を維持できる装置としたことです。これにより、一般の医療施設でも容易に扱うことができ、万が一の事故においてもヘリウムガスによる窒息の心配のない極めて安全な装置となりました。

 次に重要な点として、一般的な超伝導電磁石の弱点である振動や磁場変化に弱いという課題を克服しました。磁石内部の構造を工夫することで、ガントリーを回転・停止させても、回転体上の磁石の超伝導状態を維持できます。また、特殊な超伝導線材を使用することで、治療中(約1分間)に磁場を1T(テスラ)から2.9Tまで大きく変化させても超伝導状態を維持でき、安定して照射することができます。振動や磁場変化に強いことは、回転ガントリーに採用されている3次元スキャニング照射注5において、非常に重要な役割を果たします。

 このような超伝導電磁石を開発し、回転ガントリーに搭載することは、放医研がもつ重粒子線治療装置開発の経験やビーム設計技術と、東芝がもつ超伝導コイルの開発経験や機械設計技術が一緒になって初めて可能となりました。

 回転ガントリー治療室(図2)では、患者がロボット制御の治療台の上に寝ると、照射口が回転して最適な角度から、3次元スキャニング照射装置によって腫瘍の形状に合わせた重粒子線が照射されます。また、照射口の両側に2つのX線検出器を設置し、体内のX線透視により腫瘍周辺を直接観察することで、呼吸で動く腫瘍の位置をリアルタイムに計算しながら照射するX線呼吸同期装置注6を導入しています。そのためX線透視による呼吸同期と3次元スキャニング照射を組み合わせた治療が可能です。

回転ガントリー治療室の写真
図2:回転ガントリー治療室(G治療室)

開発の成果と今後の展望

 本回転ガントリーの完成により、どの角度からも患者に重粒子線を照射できるようになりました。これにより、腫瘍が重要器官を囲むようなケースに対しても、3次元スキャニング照射装置と組み合わせることで、従来にもまして脊髄や神経などの重要器官を避けて、腫瘍に線量を集中することができます。治療後の障害や副作用の更なる低減と、腫瘍に対する効果の向上が期待されます。

 図3は、重要臓器を示す中央の白丸部分を囲む扇形の腫瘍に5つの方向から重粒子線を照射した場合の例です。中央の大きな円は全て足し合わせたときの線量分布を示しており、集中して照射されている部分を赤く示しています。多方向から最適な線量分布を与えることで、治療に必要な線量を腫瘍の部分に集中させ、重要臓器にほとんど線量を与えていないことがわかります。

回転ガントリーを使用した重粒子線治療の照射例
図3:回転ガントリーを使用した重粒子線治療の照射例

 今後、放医研では必要な試験を実施したのちに、2016年度には回転ガントリーを使用した治療を開始する予定です。また、2015年9月に重粒子線がん治療装置の導入が決定した山形大学では、回転ガントリー(東芝が受注)を主要治療装置と位置付けています。

 今回の経験をもとに放医研では、超伝導技術を回転ガントリーのみならず加速器部分にも適用して、重粒子線治療装置全体の小型・軽量化を目指していきたいと考えています。

 東芝は、今後も最先端がん治療システムの研究開発を加速し、質の高いがん治療装置を実現し社会に貢献して行きます。

注1
重粒子線
原子番号がヘリウム以上の元素をイオン化し、それを加速器で高速に加速して作られる放射線の一種。放医研では炭素イオンを加速して重粒子線(炭素線)としている。
注2
回転ガントリー
ガントリーとは架台を意味するが、医療分野では、CT、MRI、X線治療機のドーナツ状の筺体を指し、そのリングの中に患者が入って診断・治療を受ける。CTやX線治療機では、X線発生装置がガントリー内を移動して、患者にX線を照射する。陽子線や重粒子線治療装置の場合は、放射線発生装置は治療室の外に設置されるが、患者の周囲を照射口が回って照射をおこなう点が同じことから、こうした装置を回転ガントリーと呼ぶ。
注3
新治療研究棟
重粒子線がん治療装置「HIMAC:Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba」を設置している棟の隣に建てられた重粒子線がん治療専用施設のこと。内部には水平・垂直照射ポートを備えた治療室が2室と回転ガントリーを備えた治療室を1室もつ。前者の2室に関しては、2012年より先進医療による治療を開始した。
注4
超伝導状態
超伝導体をある温度(転移温度、臨界温度)まで下げると、電気抵抗が0になる現象。
注5
3次元スキャニング照射
3次元スキャニング照射とは、1cm程度(コア半径2~3mm)の細い重粒子線を用いて腫瘍の形に合わせて塗りつぶすように照射する方法である。横方向には重粒子線を電磁石で掃引し、奥行き方向には加速器のエネルギーを変化させることで、重粒子が体内で停止する位置を制御する。これにより、正常組織への照射を避け、複雑な形状の腫瘍へ照射をおこなうことができる。特に放医研が開発した装置は、高速に掃引をおこなうことができるため、従来は困難であった呼吸と共に動く臓器に対しても治療が可能となった。(平成27年4月16日付 放医研プレス発表「世界最高速呼吸同期スキャニング照射による治療を開始」参照)
注6
X線呼吸同期装置
胸腹部の臓器に対して重粒子線治療を行うためには、呼吸による臓器の動きに合わせて照射する必要がある。本装置は、X線透視により腫瘍周辺を直接観察して、 呼吸のパターンを認識し、リアルタイムに腫瘍の位置を計算することができる。これにより、あらかじめ設定した位置に腫瘍が来たときに重粒子線を照射し、それ以外のときには照射しないという制御が可能となった。この呼吸同期装置は、平成27年4月から放医研新治療研究棟内の既設の治療室で臨床試験に使用されている。(平成27年4月16日付 放医研プレス発表「世界最高速呼吸同期スキャニング照射による治療を開始」参照)