秘匿性の高い大規模ゲノム解析データを高速かつ安全に伝送する

ゲノム研究者たちにとって、いかにして大規模なゲノム配列情報を安全に伝送するか常に懸念事項でした。実際、ハードディスクを鍵付きのセキュリティボックスに入れて物理的に運搬する等の方法がとられており、そのコストや時間が課題となっています。

離れた場所へ電子的にデータを伝送する場合、盗聴の恐れや、公開鍵暗号を掛けていても「ハーベスティング」攻撃にさらされるという問題があります。「ハーベスティング」とは、攻撃者が伝送中の秘匿データを抜き取り保存し、手間暇かけて解読することです。将来量子コンピューターが公開鍵で暗号化されたデータの解読時間を劇的に短縮する可能性があるため、この脅威は喫緊の問題になりつつあります。

この問題に取り組むべく、東芝と東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、量子暗号通信(QKD)の実証実験を行ってきました。

大規模な高秘匿データの保護伝送

東芝とToMMoが共同で行った実証実験は、次の2つの課題を解決する目的で実施されました。

1つ目は、その膨大な秘匿情報を伝送することです。ゲノム解析データは一定の条件下において、法規上特定の個人を識別する個人情報として扱われ、全ゲノム解析の場合には約32億塩基からなる膨大なデータです。最新のシークエンサーを用いた高精度の解析では、32億塩基の30倍相当の900億塩基以上と、さらに膨大になります。

2つ目は、増大し続ける秘匿情報を高速に伝送することです。実験当初、量子暗号通信技術による鍵配信速度は最大でも1Mbps程だったため、全ゲノム配列データのような大規模で秘匿性の高いデータをワンタイムパッドで全暗号化し伝送するには限界がありました。

実環境下での鍵配信速度10Mbpsを超える高速量子暗号通信の実証に世界で初めて成功

2018年8月、東芝とToMMoは、東芝のQKDシステムと既設の光ファイバー回線を利用し、一ヶ月以上にわたり平均10Mbpsを超える鍵配信速度での量子暗号通信に世界で初めて成功しました。これで1つ目の目的を達成しました。

光ファイバー回線を介してデータ伝送を行うためのアプリケーションを構築し、高速量子暗号通信技術と組み合わせることで、実環境においても実用レベルの鍵配信速度が実証されました。また、既設光ファイバー回線を常時監視する無線センサーネットワークを同時に構築・運用し、年間を通じた温度変化・降雨・積雪・強風・地震等によって生じる光ファイバーの特性変化と量子暗号通信の性能特性との関連性を明らかにしました。これにより、高速量子暗号通信の実用化に大きく近づきました。

ワンタイムパッドを用いた全ゲノム配列データのリアルタイム伝送を世界で初めて実証

2020年1月には、東芝とToMMoが大規模データを逐次暗号化・逐次伝送するシステムを新たに開発し、ワンタイムパッドを用いた全ゲノム配列データのリアルタイム伝送を実現し、2つ目の目的を達成しました。

大規模かつ秘匿性の高いゲノム解析データを伝送する際、一度にすべて伝送するのではなく、次世代シークエンサーが出力するゲノム解析データと量子暗号装置が出力する暗号鍵を、ワンタイムパッドによって逐次暗号化してリアルタイムに伝送を行う技術です。次世代シークエンサーの動作に合わせて、逐次データ伝送を行うことで、大規模な全ゲノム解析データの伝送処理における遅延を短縮することが可能となりました。

図1:開発したゲノム解析データ伝送システムの概要
図1:開発したゲノム解析データ伝送システムの概要
図2:伝送拠点と伝送経路の概要
図2:伝送拠点と伝送経路の概要

24人分の解析に相当する約2兆3000億塩基のヒトゲノム情報を得るのに117時間以上かかっています。解析に長い時間を要するため、その間に解析結果を逐次伝送することで、解析終了後およそ3分30秒でデータ伝送が完了しました。

秘匿性の高い医療データ、個人情報、金融取引情報等を遠隔地に伝送したり保存したりしなければならないとき、あるいは製造データを設計部門から製造現場に送りたいとき等、東芝のQKDが安心・安全な伝送ソリューションを提供します。

本研究の一部は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「光・量子を活用した Society 5.0 実現化技術」(管理法人:量子科学技術研究開発機構)によって実施されました。
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